大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(オ)391号 判決 1994年7月14日

上告人

株式会社マンリー藤井

右代表者

(株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律二四条一項に基づく代表者)

喜多基

右訴訟代理人弁護士

吉田朝彦

川本修一

被上告人

藤井音次郎

右訴訟代理人弁護士

樽谷進

原健

主文

原判決を破棄し、第一審判決中主文第一項を取り消す。

右部分につき被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉田朝彦の上告理由一について

一  被上告人の本訴請求は、(一) 昭和六一年一一月一四日開催の上告人会社の取締役会は、その招集通知が当時の代表取締役である被上告人に対してされておらず同人も出席していないので不適法であり、右のような瑕疵のある取締役会における新株発行決議に基づく本件新株発行は無効である、(二) 本件新株発行は、藤井捷之助(以下「捷之助」という。)がこれを全部自ら引き受け、自己の株式持分比率を高めて実質上自らが上告人会社を支配できるようにする目的の下にしたものであり、著しく不公正な方法によりされたものであるから無効である旨を主張して、本件新株発行の無効を求めるものである。

二  原審は、右(二)の主張について、1の事実を認定した上、2の判断を示し、被上告人の請求を認容した第一審判決を是認して、上告人の控訴を棄却した。

1  上告人会社の取締役であった捷之助は、創業以来の代表取締役で発行済株式の過半数を有する被上告人と不仲となり、その信頼を失ったことから、被上告人が株主総会を招集して上告人会社を解散する決議をしたり又は捷之助を解任する決議をすることを恐れるに至った。そこで、捷之助は、これを阻止する目的をもって、専ら、被上告人から上告人会社の支配権を奪い取り、自己及び自己の側に立つ者が過半数の株式を有するようにするために、昭和六一年九月一六日に取締役会を開催して自らの代表取締役選任決議を経て代表取締役に就任し、同年一一月一四日に当時入院中であった被上告人に招集通知をしないで取締役会を開催し、本件新株発行の決議を得て、被上告人に秘したまま右新株を発行し、右決議において新株の募集の方法は公募によるものとされていたが、その全部を自らが引き受けて払い込み、現在これを保有している。

2  右の経緯によれば、本件新株発行は著しく不公正な方法によりされたものであるというべきである。そして、著しく不公正な方法による新株発行は特別の事情がある場合に限って無効となると解すべきところ、本件においては、新株はすべてその発行を計画した捷之助によって引き受けられ、保有されているのであるから、取引の安全のために新株発行を無効とすることを特に制限する事情はなく、上告人会社が小規模で閉鎖的な会社で、本件新株発行が前記の目的でされたことを併せ考えると、右の特別事情がある場合に当たるというべきである。したがって、本件新株発行は無効である。

三  しかしながら、原審の右2の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

新株発行は、株式会社の組織に関するものであるとはいえ、会社の業務執行に準じて取り扱われるものであるから、右会社を代表する権限のある取締役が新株を発行した以上、たとい、新株発行に関する有効な取締役会の決議がなくても、右新株の発行が有効であることは、当裁判所の判例(最高裁昭和三二年(オ)第七九号同三六年三月三一日第二小法廷判決・民集一五巻三号六四五頁)の示すところである。この理は、新株が著しく不公正な方法により発行された場合であっても、異なるところがないものというべきである。また、発行された新株がその会社の取締役の地位にある者によって引き受けられ、その者が現に保有していること、あるいは新株を発行した会社が小規模で閉鎖的な会社であることなど、原判示の事情は、右の結論に影響を及ぼすものではない。けだし、新株の発行が会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることにかんがみれば、その効力を画一的に判断する必要があり、右のような事情の有無によってこれを個々の事案ごとに判断することは相当でないからである。そうすると、本件新株発行を無効と判断した原判決には、商法二八〇条ノ一五の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。

四  以上の説示によれば、前記一の(一)及び(二)のいずれもその主張自体理由がなく、本訴請求は失当であるから、原判決を破棄し、第一審判決中主文第一項を取り消した上、被上告人の本訴請求を棄却すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大白勝 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子)

上告代理人吉田朝彦の上告理由

一 上告理由第一点。

原判決は、「不公正な方法による新株発行は、原則として無効原因とならないが、特別の事情あるときは無効原因になるとし、本件の場合は、その特別の事情がある場合に当たる」とする第一審判決理由を是認し、これを引用する。

しかしながら、この判決理由は次の点において誤りである。

(1) まず第一に、不公正な方法による新株の発行が無効原因とならないのは、一般に新株の発行そのものが、株式会社の組織法上の行為として、代表取締役の業務執行為に当たるからである。それ故、商法第二八〇条の一五の規定は無効原因に関し何ら定めるところがないが、通説判例が無効原因として挙げる事由は、「定款違反の新株発行」等の会社の組織に関するもの等であって、「有効な取締役会の決議を欠く新株の発行」でさえ、代表取締役のなしたものである以上、発行原因の瑕疵として、発行されてしまえばこれを無効原因としないのである。

不公正な方法による新株の発行は、それが発行原因の瑕疵であるとしても、会社の組織になんの関係がないから、その性質上無効原因たり得ないとするのである。

原判決が、「不公正な方法による新株の発行は原則として無効原因とならない」と解したのは、右の限りにおいて正当である。それは右記のように組織法上の事柄であるから、一旦発行されてしまえば、その性質上無効原因たり得ないのである。その例外を考える余地は、理論上あり得ないのである。

原判決は、「これを無効と解しても、本件のような閉鎖会社においては、株式取引の安全を害しない」と言い、この点を無効と認めるべき特別事情と認定したものであるが、この解釈は便宜的な見解であり、法律論として是認し難い。

「特別事情の存在」云々は理論を無視した独自の判断というべきである。

(2) 原判決は、「殊更に新株発行により資金を調達しなければならない特段の事情があったとは認められない」とする第一審判決理由を是認したうえ、「捷之助が全株を引受けなければならない必要性があったとも認められない」と附加するが、右前段の理由は何らの証拠にもとずかない認定であるし(上告人は原審で資金需要を立証しており、それに対する被上告人の反証はない)、後段の理由についていえば、本件は既述のように公募の方法によったもので、何人からも申込がなかったので、同人において引受けたわけで、同人に引受権が授与された結果の引受ではない。

(3) 次に、仮りに不公正な方法による新株発行を無効原因と解するとしても、それは「不公正な目的による新株の発行」と同義語でない。無効原因となるのは「不公正な方法による新株の発行」であって、その発行の目的と共に「発行の方法(仕方)」が不公正なものである。

たとえ、新株の発行そのものが不公正な目的(例ば、株主総会における多数派工作の目的)によるものであっても、公募の方法によるときは、それによって不利益を受けると考える株主は引受の申込をすればよいのであるから、不公正な方法によるものとは言い難い(もしその際、不公正な割当がなされたとしたら、その割当の仕方自体が不公正な方法であるとして、無効原因とすればよい)。

これに反し、「公募」の方法によることなく、取締役が自己又は自派の者に該新株の引受権を付与し、他の者の介入を許さない場合等が、正に右にいう不公正な方法によるものであり、その(新株発行の)目的の不公正性と仕方とが一体となって、はじめて無効原因となるものである。

尤も公募の方法によるものであっても、商法第二八〇条の三の二の規定による公示をなさず、抜打的にこれを行う場合は、株主は申込の機会を奪われているのであるから、それによって不利益を受ける株主は、公示要件の欠缺を理由としてその無効を主張できる。

仮りに、本件新株の発行が原判決認定のような目的に出るものであったとしても、それは公示の要件を充し、かつ公募の方法によっているのであるから、商法第二八〇条の一五の規定による無効原因とはならないものである。

二 上告理由第二点<省略>

三 上告理由第三点<省略>

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